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仙台高等裁判所 平成元年(ラ)65号 決定

主文

原決定を取り消す。

盛岡地方裁判所が平成元年六月二三日にした売却許可決定に対する執行抗告を棄却する。

理由

第一  抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨は、「原決定(執行抗告却下決定)並びに盛岡地方裁判所が平成元年六月二三日にした売却許可決定を取り消し、大北産業株式会社に対する売却を不許可とする。」との裁判を求めるというものであり、その理由は別紙「抗告状(二通)(写)」の各記載のとおりである。

第二  当裁判所の判断

一  抗告人は、「別紙物件目録記載の土地建物を所有者の株式会社ビックライオンから昭和六一年四月二六日賃借して占有している。」と主張し、「右賃借権は買受人に対抗できる」旨法的意見を示しているけれども、抗告人の右に主張する賃借権は、後記説示のとおり本件売却許可決定によって消滅すべき権利であるから、まさに抗告人は同決定によって自己の権利が害されることを主張しているものと認められるところ、これと異なる見解に基づき本件売却許可決定に対する執行抗告(原抗告)を不適法として却下した原決定は不相当でこれを取り消すべきである。

ところで、抗告裁判所が右のように、民事執行法一〇条五項による原裁判所の執行抗告却下の決定に対する同条八項の執行抗告につき、右決定を取り消す場合において、原裁判所になお執行手続に関する裁判(本件では売却許可決定)の適否について再度の考案による審査の機会を与える(差戻し又は事件若しくは記録の送付による)べきものであるかどうかであるが、抗告裁判所は原裁判所のした決定に対する抗告について本来的な判断権限を有しているのであり、法が抗告のなされた機会に原裁判所に再度の考案による是正の機会を与えている所以のものは、抗告裁判所の有するその権限をまず原裁判所に委ね、抗告審の手続を省き事件の簡易迅速な処理を図ったものであり、このことは執行抗告においても何ら異なるところはない。したがって、原裁判所による再度の考案による是正の要否の判断を必ず経なければ、手続上の欠陥があるとまではいえない。

また、執行抗告が不適法である場合でも原裁判所は再度の考案により原裁判を是正することは可能であると解するを相当するところ、一件記録によれば、原裁判所は、原決定(執行抗告却下決定)に対する再度の考案による意見(「理由なし」)に加えて、同時に本件売却許可決定についても「抗告人がその主張の賃借権を有しないことは明らかである」として「抗告は理由がない」との意見を付して本件を抗告裁判所に送付していることが認められるのであるから、本件につき、さらに原裁判所に対し再度の考案をなすべき機会を与えるべき実質的必要性はない。

そうであるとすれば、抗告裁判所としては、原抗告(本件売却許可決定に対する執行抗告)につき、このまま直ちに理由があるかどうか、すなわち右決定の当否につき判断することが相当であると解さなければならない。斯く解したからといって、前説示のところによれば、抗告人の利益をいささかも損うものではない。

二  そこで、すすんで原抗告(本件売却許可決定の当否)について判断する。

1  物件明細書の作成又はその手続に重大な誤りがあるとの点について

一件記録によれば、株式会社ビック・ライオンは、岩手県信用保証協会との間に信用保証委託契約を結んだうえ、昭和五九年三月二日株式会社第一勧業銀行から融資を受け、その際同銀行のため自己の所有する別紙物件目録記載の土地建物につき極度額五〇〇〇万円の根抵当権を設定し、同日その旨の登記をしたこと、ところが、株式会社ビック・ライオンは右債務の履行を怠ったので、右保証協会は昭和六三年一月二五日同銀行に対し代位弁済し、同年二月四日右根抵当権につき附記登記をしたこと、しかして、株式会社ビック・ライオンが右保証協会に対し求償債務の履行に応じないため、同保証協会は右担保権を実行すべく本件競売申立てに及んだこと、なお、本件土地建物には昭和五六年一月三〇日附をもって中小企業金融公庫のための先順位の抵当権が設定され、同日その旨の登記がなされていることの各事実が認められる。

抗告人は、本件土地建物につき賃借権を有し、買受人に対抗できる旨主張するところ、抗告人が執行抗告を申し立てるとともに提出した昭和六一年四月二六日付け土地賃貸契約書には「抗告人が昭和六一年四月二六日株式会社ビック・ライオンから本件土地を建物所有の目的で、期間を同年五月一日から昭和七六年四月三〇日までの一五年間、賃料を月額五万円、転貸自由等の約で賃借した」旨同じく前同日付け建物賃貸借契約書には「抗告人が昭和六一年四月二六日株式会社ビック・ライオンから本件建物(附属建物二棟を含む。)を期間は同年五月一日から昭和七六年四月三〇日までの一五年間、賃料は月額一五万円、転貸自由等の約で賃借した」旨の記載があり、なお、昭和六一年六月一日付け建物賃貸借契約書には「抗告人が昭和六一年六月一日、高山克夫に対し、本件建物(附属建物を含む。)を期間は同年六月一日から昭和七一年五月三一日までの一〇年間、賃料は月額一五万円等の約で賃貸(転貸)した」旨の記載がある。

しかしながら、たとえ本件土地建物につき抗告人主張のとおりの賃貸借契約が締結されたものとしても、右は前記の抵当権に劣後し、かつ民法三九五条の保護を受けない賃貸借である(高山の建物転借権も、抗告人の賃借権に基礎を置くものであるから、抗告人の賃借権と運命を共にする関係にある。)ことは明らかであるから、右賃借権は抵当権者、したがって買受人に対抗できず、本件競売手続による売却によって消滅すべき権利関係であるものというべきである。(この点抗告人が、その賃借権は買受人に対抗できるものであると法律的見解を示しているのは全く根拠がない。)そうすると、右は民事執行法六二条所定の物件明細書の記載事項に当たらないから、本件物件明細書に右賃借権の存在を記載しないからといって、物件明細書の作成又はその手続に重大な誤りがあるものとはいえない。

2  現況調査報告書及び評価書の記載に誤りがあるとの点について

現況調査報告書によれば、執行官は、昭和六三年五月三一日、六月一日の両日本件建物の所在地に赴き、六月一日には抗告人代理人立会の上、抗告人会社代表者宮道武と面談し、同人から本件土地建物の占有関係につき「抗告人は株式会社ビック・ライオンに対し三五〇万円から四〇〇万円の売掛金債権を有していたが、同会社の倒産時に、その代表者から、本件土地建物を使って欲しい旨の申出があった。しかし、同代表者はその後行方不明になってしまったので本件土地建物の使用関係につき正式の契約を結ぶに至っていない。その後の昭和六一年五月有限会社誠和商事に本件建物を転貸した。」旨の陳述を得たこと、そこで、執行官は、抗告人の本件土地建物についての占有権原は、これを認めるに足りる資料がないので確認することができない。なお、抗告人の占有権原が認められない以上、抗告人から転貸を受けたとする有限会社誠和商事の占有権原も認めることができないとの意見を付して現況調査報告書を作成し、昭和六三年八月二五日原裁判所に提出したことが認められ、右報告書の記載に瑕疵は見当たらず、したがって、これを基にした評価書の記載にも誤りはない。

したがって、最低売却価額の決定手続などに重大な誤りがあるとも認められない。

3  その他一件記録を精査してみるも、本件売却許可決定に影響を及ぼすべき何らの違法も、事実誤認も認められない。

三  よって、本件抗告は理由があるから原決定を取り消すが、原抗告(本件売却許可決定に対する執行抗告)は結局理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 三井喜彦 裁判官 武藤冬士己 裁判官 松本朝光)

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